コンサートの感想です。

2000年2月から7月のコンサートの感想はこちら

September 1 2000
September 8 2000
September 9 2000
October 14 2000
October 28 2000
November 12 2000

September 1 2000

廣狩 亮・宮下 直子 デュオリサイタル(大阪フィルハーモニー会館)

曲目
ブラームスヴィオラ・ソナタ第1番
フランクヴィオラ・ソナタ
ショスタコーヴィチヴィオラ・ソナタ
廣狩 亮(va) 宮下 直子(p)

この日は、ヴィオラのリサイタルと言う、聴く機会のあまり多くないと思われるコンサートを聴きに行きました。
ブラームスのソナタは、第1楽章、第2楽章を聴いていて、なぜか永遠に続くかのような長さを感じました。と言っても、退屈だった、というのではなく、 聴いていて音楽に引き込まれ、細かなフレーズまでを聴き取っていたせいかも知れません。 第3楽章、第4楽章は反対に、軽やかに駆け抜けていくような印象を受けました。
フランクのヴィオラ・ソナタ?、と疑問に思っていると、実はヴァイオリン・ソナタのヴィオラ編曲版でした。全体として、ヴィオラパートは、 オリジナルのヴァイオリンによる演奏より1オクターブ低く編曲されていて、ヴァイオリン・ソナタでは、ヴァイオリン・パートがピアノ・パートよりも 高音域を演奏しているのに対し、ヴィオラ・ソナタでは、ピアノと音域が重なる事が多いように思えました。ただし、オリジナルのソナタでヴァイオリンが 最高音域に近い音を出している部分では、ヴィオラでもオリジナルのソナタと同じ高さの音を出しているようでした。 このヴィオラ・ソナタで最も印象に残っているのは第3楽章の後半部分。第4楽章後半にも現れる循環主題が短調で悲しげに現れる部分、 ヴァイオリンよりもヴィオラで演奏するほうが一層悲しげに聴こえて仕方ありませんでした。
休憩をはさんで、後半はショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ。今年はショスタコーヴィチ没後25年の区切りの年で、ヴィオラ・ソナタが ショスタコーヴィチの最後の作品なのです。このソナタ、もう、必要最小限にまで音を切り詰めているのではないか、というくらい音が薄くて、 なんともひんやりした雰囲気で、ある種つかみどころのない、不思議な曲ですが、私はこの曲がとても好きで、この日のお目当てである1曲でした。
特に印象深かったのは第3楽章の、特にコーダ。楽章を通じて用いられた月光ソナタの引用も消え去り、第3楽章の主題も消え去り、ピアノの最後の和音も消え去り、 ヴィオラの最後の音が、ゆっくり、静かに、消えていって曲が終わったそのとき、時間が止まったかのようにも思えました。

September 8 2000

京都市交響楽団 第427回定期演奏会(京都コンサートホール)

曲目
スメタナ歌劇「リブシェ」序曲
ドヴォルザークヴァイオリン協奏曲
フィビヒ交響曲第2番
ガエダノ・デローグ(指揮) 長原 幸太(vn)

この日の京響の定期は、オール・チェコ・プログラムでした。
1曲目の「リブシェ」序曲は、KBS京都のTV番組「京の響」(みやこのひびき)という、京響の演奏会を放送している番組の テーマ音楽として使われていたそうで、京都市内在住の友人は「どこかで聴いた事あると思ったら・・・」と言っていました。 私の住んでいるところでは、KBS京都が映らないので「京の響」は、一度も見たことないのですが・・・。 曲そのものは、と言うと、なかなか威勢のいい曲、という印象でした。
2曲目のドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲、私は初めて聴く曲でしたが、おそらくこの曲がこの日に演奏された3曲の中では最も有名な曲かもしれません。 特筆すべきは、独奏ヴァイオリンの長原幸太さん。2年前の日本音楽コンクールのヴァイオリン部門で最年少で優勝し、現在東京芸大2年生、若干19歳という若い方です。 ハイ・ポジションの多いソロを最後まで美しく演奏されていた事がとても印象深いです。ただ、惜しむらくは音量がやや小さかった事。協奏曲のソロを演奏するには もう少し音量が欲しかった、と思いましたが、まだ19歳、今後の彼の成長と進化を見守り、追いかけて行くのが楽しみ、そう思わせるソリストでした。
休憩をはさんで3曲目はフィビヒの交響曲第2番。フィビヒは、先輩のスメタナやドヴォルザークの陰に隠れがちな作曲家で、私自身、1ヶ月前に友人から教えてもらうまで 名前すら知りませんでした。1850年に生まれ、1900年に亡くなった、という事で、今年2000年が生誕150年、没後100年の年にあたります。 曲の印象は、と言うと、スメタナやドヴォルザークのような民族色の濃さ、というのはあまり感じられず、メンデルスゾーンやシューマンといった ドイツ・ロマン派前期の作曲家に近いように思われます。「歴史に乗り遅れた登場」(当日のプログラムより引用)とは言え、全く新しいことをしていないわけではないのです。 当日、演奏を聴いていて「おっ」と思ったことがひとつ。第1楽章の終わりの方で小太鼓が連打される部分があるのですが、実は舞台裏で演奏されていたのです。 舞台裏での楽器を演奏する交響曲、というとマーラーの交響曲を思い出します。マーラーの交響曲1番が1889年に交響詩「巨人」の形で初演。 フィビヒの2番は1893年作曲。マーラーの1番も舞台裏でホルンを演奏する部分があります。フィビヒとマーラーの間に何らかの接点があったのか、 ましてやフィビヒがマーラーの「巨人」を聴いた事があるのかどうか分かりませんが、19世紀末に作曲された交響曲で舞台裏に楽器を配置するのは、 何もマーラーの専売特許というわけではなかったようです。

September 9 2000

「カルミナ・ブラーナ」(大阪 ザ・シンフォニーホール)

曲目
モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」
オルフ世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

大友 直人(指揮)
大阪フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)
大島 洋子、五郎部 俊朗、田中 勉(独唱)
大阪新音フロイデ合唱団、羽曳野少年少女合唱団(合唱)

フロイデ合唱団で歌っている友人に、数ヶ月前から案内されていて聴きに出かけたコンサートでした。
この日のコンサートは、少し不満の残るコンサートでした。といっても、演奏についてではなく、聴衆の側の問題です。「ジュピター」のときには携帯電話が一度、 「カルミナ・ブラーナ」のときにはおそらく時計のアラーム(ポケベルかとも思ったけど、いまどきポケベル使ってる人は少ないでしょう・・・)が一度鳴ったのです。 携帯のときなど、鞄の中で鳴ってるだけでもうるさいのに、鞄から取り出したら余計にうるさくて・・・。
プロ・オーケストラでヴィオラを弾いている友人も、かつて演奏会本番中に携帯が鳴ったのを聞いて 「悲しくなったし、集中して演奏しているときに携帯が鳴ると気が散ってしまう」と自身のホームページに書いていました。 携帯が非常に悪いタイミングで鳴ったために演奏者がドキッとして、その後の演奏が総崩れになってしまった、という事件も後日談として耳にした事があります。 携帯とか時計のアラームの音って、周りに迷惑なだけでなく、演奏そのものをぶち壊しかねない代物なんです。コンサート聴くときは、携帯の電源は切りましょう!

さて、演奏そのものでは、「カルミナ・ブラーナ」の第1曲および終曲の、あまりにも有名な「運命の女神」がとても印象的でした。 運命の女神の前には全てが服従しなければならない、という趣旨の歌詞ですが、私はそこに言い知れぬ諦念を聴き取り、胸が詰まりそうな思いをしたのです。 そして大友直人さんの指揮もフロイデの皆さんも素晴らしかった。「運命の女神」の終わりの部分、大友さんが最後の音のフェルマータ (「カルミナ・ブラーナ」の楽譜を見ていないので推測で書いてるだけですが・・・)を粘って長く引き伸ばし、劇的に盛り上げ、 合唱もそれに応えて長い音を歌い切ったのを聴いて、携帯の着信音で不愉快な思いをしたのがいくらか報われたような気がします。

October 14 2000

響の会 第11回作品発表コンサート(伊丹アイフォニックホール)

曲目
竹家富紀子マリンバとピアノのために 〜Tommorow〜
マリンバ 並木基子 ピアノ 淡路はる菜
田林須美江フルートとピアノのために
フルート 三浦緑 ピアノ 田林須美江
大倉恭子箏のために
箏 篠塚綾
丸尾喜久子"Song" for duo
クラリネット 本間恭子 ファゴット 片寄伸也
 
村上暁子to the Ocean
チェロ 木村政雄
大野和子フルートソロのために
フルート 前田綾子
橋本玲子Dedale en volute
ファゴット 片寄伸也 チェロ 木村政雄

「響の会」(きょうのかい)とは、神戸女学院大学音楽学部出身の作曲家が所属する団体で、今回のコンサートは、 神戸女学院出身の友人が招待券を送ってくれたので聴きに出かけたのでした。 女性作曲家の作品だけからなるコンサート、というのは珍しいような気もしますが・・・。
3日たって印象が薄れつつあるのですが、思い出しつつ書きます。

竹家富紀子さんの「マリンバとピアノのために 〜Tommorow〜」。私はマリンバを聴くのが初めてで(オーケストラの打楽器の1つとしては、 多分聴いているのでしょうが・・・)、マリンバの音色自体に引き込まれていた部分があります。マリンバは、形そのものは普通にオーケストラで使われる木琴と よく似ているし、バチで板を叩いて音を出す、という仕組みも木琴と同じなのですが、音色が柔らかくて残響が長いという特徴のある楽器で、 初めて聴くと不思議な感じの音色です。曲のなかで、片手に2本ずつ、両手に4本のバチを持ってマリンバを弾く部分があったのがとても印象的でした。 オーケストラの木琴や鉄琴などで、合計4本のバチを使って演奏する場面を、覚えている限りでは、私は見たことがないので。
大倉恭子さんの「箏のために」。これまた、私は箏を聴くのが初めてで、というか和楽器そのものもほとんど聴いた事がないので新鮮でした。 箏の音色くらいはテレビか何かで聞いたことはありますが、実演は初めて。実演を見て、なんとも奏法に制限のある楽器だという印象を受けました。 13本ある弦のそれぞれに、ヴァイオリン族の楽器で言うところの駒に当たるものがあり、駒を動かす事で音の高さを変えるのです。
前半の4曲は、旋律や和音にそれほど斬新なところはなかったように思えたのですが、後半の3曲は、「いかにも現代曲」という感じの、なかなか聴き応えのある曲でした。 村上暁子さんの「to the Ocean」は、チェロの独奏曲。低弦を普通に弾いて、隣の高音弦をハーモニクスで弾いてみたり、ハーモニクスでグリッサンドしたりトレモロしたりと、 まるでバルトークのカルテットを聴いているかのような感じ。こういう、やや特殊な奏法を生で聴くのは初めてだったので面白かった。
大野和子さんの「フルートソロのために」は、譜面立てが5台出てきて、その上に譜面が広げて置かれていました。 曲を聴いてみると、譜面をめくる暇がないほどの曲でもなかったような気はしますが・・・。 奏法的には、フルートの吹き口に息を吹き込むだけの音を聴かせる、なんてのがありました。
橋本玲子さんの「Dedale en volute」は、チェロとファゴットという、低音楽器2台のためのデュオ。チェロは、ハーモニクスしながらのグリッサンドやトレモロ、 ファゴットも吹き口へ息を吹き込むだけの音や、息を吹き込まずに指だけ動かして、キーがパタパタいう音を聞かせたり、という点で、特殊奏法(?)の多い曲でした。 ところが、この曲、最後に面白い業がありました。最後の最後、チェロ奏者とファゴット奏者が同時に「バン!」と足踏みし、続いてチェロ奏者はチェロのボディを、 ファゴット奏者は譜面台を「バシッ!」と叩くという業。一体、譜面にはなんて書いてあるんだろうか、と興味津々です。

と、今思い出してみても、「あの旋律がきれいだった」とか「響きがきれいだった」というよりも「特殊奏法をたくさん見ることが出来て面白かった」 という感想を抱いたコンサートでした。

October 28 2000

さきらの秋クラシックシリーズ2000 コチアン弦楽四重奏団(滋賀県栗東町 栗東芸術文化会館さきら大ホール)

曲目
モーツァルトピアノ四重奏曲 ト短調 K.478
ドヴォルザーク弦楽四重奏曲集「糸杉」より
 
モーツァルトフルート四重奏曲 ニ長調 K.285
ヤナーチェク弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
 コチアン弦楽四重奏団 船橋美穂(ピアノ) 大嶋義実(フルート・解説)

滋賀県栗東町(しがけん りっとうちょう)というと、JRAのトレーニングセンターがあったり、 中央競馬の騎手で「超」がつくほど有名な、武 豊さん(字、合ってるかな?)がお住まい、 と言う事で競馬に縁の深い土地、と言うイメージが強かったのですが、今回のコンサート会場「さきら」はなかなか素晴らしいホールでした。

今回のコンサートは、ヤナーチェクがお目当てで聴きに出かけたコンサートでした。実は、モーツァルトとドヴォルザークの3曲は、初めて聴く曲ばかり。 そのなかで印象に残ったのは、モーツァルトのフルート四重奏曲。第2楽章のアダージョでは、楽章を通して全ての弦楽器がピツィカートで奏されたのです。 モーツァルトから時代を下る事150年余り、バルトークの弦楽四重奏曲では楽章を通してピツィカートで演奏される曲はありますが、 モーツァルトの時代の曲では楽章を通してピツィカートで演奏される曲、というのは珍しいのではないでしょうか?
ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」は、トルストイの同名の小説にインスピレーションを受けて書かれた作品。 他の男と不倫した妻を夫が刺し殺す、という筋の小説なのですが、コチアン四重奏団の演奏は、かなり速いテンポで、音量はやや抑え気味だったのですが、 これによって「不倫をしている人妻の胸の内にある焦燥感や不安感」をこの上なく表しているように感じられました。
アンコールはモーツァルトのディヴェルティメント。テンポの早い、聴いていて楽しくなる演奏でした。アンコールの後も拍手は鳴り止まず、
「もし、万が一拍手が鳴り止まなかったらもう1曲アンコールをしよう」と練習していたという、フィビヒのポエム(フルート、ピアノ、弦楽四重奏の編成)を、 最後に演奏してくださいました。今年はフィビヒの生誕150年、没後100年の記念の年、ということもあっての選曲だったようです。
今回のコンサートでは、フルート奏者の大嶋さんが、曲目の解説もされていたのですが、これが分かり易く、楽しい解説でした。

終演後のサイン会で、フルートの大嶋さんに、「まさかアンコールでフィビヒを聴けるなんて思わなかったので、今日はとても嬉しいです」と話したら、 「フィビヒを知ってる人がいた!」と、かなり驚いておられました。 「フィビヒは、いい曲をたくさん書いてるんですけど、日本ではまだまだ知られてませんね」とも仰っていました。

November 12 2000

ボロディン四重奏団(京都コンサートホール 小ホール)

曲目
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲 第1番
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲 第8番
 
ベートーヴェン弦楽四重奏曲 第9番(ラズモフスキー・セット第3番)

いつものように、当日券目当てでホールに出かけたら・・・。左右の端っことか、最後列にぱらぱらと席が残っているだけ、という状況でした。 何しろ、人気カルテットの公演ですから、当日券が残っていただけでも幸いではある。
当日のコンサートは演奏に先立って、ロシア・ショスタコーヴィチ協会会長のマナシール・ヤクーポフ氏によるプレトークがありました。 プレトークの内容は、ボロディン・カルテットの活動と、ショスタコーヴィチ、及びベートーヴェンの音楽について、でした。 特に印象に残っているのは、ショスタコーヴィチがボロディン・カルテットの演奏について「あなた方(=ボロディン・カルテット)の演奏を聴く事は、 私にとって大きな喜びであり、心が慰められる思いがします。」と語った事がある、ということ。1945年以来55年に渡る活動暦を誇るボロディン・カルテットが、 ショスタコーヴィチの演奏に重点を置くのもうなずけようもの。
ヤクーポフ氏の講演が終わったあと、客席から立ち上がって質問する人が一人。なにやらロシア語でヤクーポフ氏に質問。 その質問に対するヤクーポフ氏の回答(の通訳)を聞いていると、 質問内容は「ショスタコーヴィチはどのような環境で作曲をしていたのか」というような内容だったように思われます。 (私はロシア語は全くわからないので、あくまでも推測でしかないのですが)

ボロディン・カルテットは数年前の大阪公演で、ショスタコーヴィチの7番と8番を聴いているのですが、 その後メンバーが替わり(前の第1ヴァイオリンのコペルマン氏は、現在東京カルテットの第1ヴァイオリン!)メンバーが替わった後の演奏はCDでも未聴なので、 どのような演奏になるのか楽しみにしていました。いざ本番、第1ヴァイオリンの音程が少し甘いかなと思う箇所もあるにはあったけれど、 やはりボロディン・カルテットは安心して聴く事のできる稀有のカルテットでした! ショスタコの1番、8番、ラズモフスキー3番、いずれも安定した演奏で、ラズモフスキー3番の終楽章、最後の和音の残響が消えるか消えないかのうちに、 拍手が沸き起こり、アンコールが2曲されました。 1曲目は、ベートーヴェンの弦楽四重奏4番の第3楽章メヌエット。2曲目は、同じくベートーヴェンの弦楽四重奏13番の第2楽章プレスト。 本番ではベートーヴェンの中期、アンコールでは前期と後期の演奏を聴くことが出来るという、ベートーヴェン好きには堪えられないひとときでした。

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