お気に入りのCD/DVD - 室内楽曲

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室内楽のCD/DVDが43件見つかりました。

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ヴィオラ・ブーケ2
今井 信子(va)、ローランド・ポンティネン(p)
ヴィオラという楽器は地味に捉えられがちなのですが、実はとても暖かく深く柔らかい音色の楽器なのです。 このCDでは、バッハのシャコンヌを除くと、近現代イギリスの作曲家による、ヴィオラのために書かれた曲を取り上げています。
1曲目は、ヴォーン・ウィリアムズの小品、グリーンスリーブズの主題による幻想曲。 グリーンスリーブズの旋律をヴィオラの暖かい音色で奏されるのですが、この音色が胸に染み入ること! 2曲目は、同じくヴォーン・ウィリアムズの、ヴィオラとピアノのためのロマンス。郷愁を誘う、物憂い旋律で、とても魅力的な作品です。
3曲目は、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ2番(BWV1004)より、シャコンヌ。 原曲はニ短調ですがここではト短調に転調されています。
4曲目はレベッカ・クラーク(1886-1979)のヴィオラ・ソナタ(1919)。 ヴァイオリンおよびヴィオラ奏者としてのキャリアも豊富だった、というクラークの作品は、 「もっと知られてもよいのに」と思わせる、充実した内容の曲です。第3楽章の後半部分、最初はピアノに、次いでヴィオラに、 リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」の第4曲を思わせる旋律が出てくるのが印象的です。
5曲目はフランク・ブリッジ(1879-1941)のペンシェロ(1905)という小品。 ブリッジはヴィオラの名手だったそうで、ヨアヒム弦楽四重奏団に所属して演奏していたほどの腕前だったそうです。 ペンシェロという、この小品はとても叙情的な、チャーミングな曲です。 6曲目は同じくブリッジの、アレグロ・アパッショナート(1908)。ペンシェロとは打って変わって、明るく情熱的な小品です。
7曲目は、サリー・ビーミッシュ(1956-)のペニリオン(1998)。 ヴィオラ・ソロのためのこの曲は、ウェールズ地方に伝わるペニリオンと呼ばれる即興詩のスタイルに基づいて書かれているそうです。 そのせいか、どこか民謡風の懐かしい響きがします。
最後は、バッハのシャコンヌの、野平一郎によるヴィオラ四重奏編曲版。 4つの声部をそれぞれ1台のヴィオラで弾く事により、音量を増すとともに響きが厚くなって、とても聴きやすくなっています。 ヴィオラ四重奏版のシャコンヌは、今井信子、清水直子、ウィリアム・コールマン、アントワン・タメスティットの4人で演奏されています。

ドビュッシー & ラヴェル 弦楽四重奏曲
イタリア四重奏団
往年の名カルテット、イタリア弦楽四重奏団による、ドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲の演奏です。 ややゆったりしたテンポで旋律を唄わせながらも、小刻みにテンポを揺らしたりクレッシェンド/ディミヌエンドしたりと、 細かなアクセント付けのなされているイタリア四重奏団ならではの演奏は、聴いていてとても心地良いものです。
ドビュッシーの第3楽章など、まどろみながら美しい夢を見ているかのような思いがしますし、 緻密に書かれているラヴェルのカルテットの第1楽章の演奏を聴いていると、ドビュッシーが「一音たりとも変えてはならない」と ラヴェルに語ったというエピソードを納得できるのです。
CDなどではよくカップリングされているドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲、何気なく聴いていると「どっちがどっちだっけ?」、 ということにもなりそうですが、よく聴いてみるとずいぶん違う作風なのに、なんでカップリングされる事が多いのかと、不思議に感じられます。 ドビュッシーの方は、オペラ「ペレアスとメリザンド」や、晩年のソナタ等にも見られるような、独特の響きを醸し出しているのに対し、 ラヴェルの方は、とても緻密に書かれ、細かなところまで凝った造りで、管弦楽法に秀でていたラヴェルの面目躍如、といった感があります。

ショーソン 室内楽曲集
Philippe Graffin(violoin) Pascal Devoyon(piano) Gary Hoffman(cello) Cahrles Neidich(clarinet)
Chilingirian Quartet
ショーソンの音楽、それも室内楽曲となると、「知る人ぞ知る」と言った感が未だに強いように思われます。 内向的な性格ながらも情熱的なその音楽は、一度聴いて好きになってしまうとその虜になってしまう、という類の音楽です。
1曲目は「詩曲」の、ヴァイオリン、ピアノ、弦楽四重奏版です。もともと「詩曲」はヴァイオリンとオーケストラのために書かれた曲なのですが、 CDのブックレットによるとショーソン自身による編曲版が1996年に発見され、このCDの録音はその編成による世界初録音との事。 ところで、ヴァイオリン、ピアノ、弦楽四重奏という編成は、ショーソンの室内楽の傑作である「ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のための協奏曲」でも 用いられた編成で、この編成による厚い響きがショーソンの好みにはぴったりとしていたのでしょうか。 「トリスタンとイゾルデ」に少し雰囲気の似たこの曲には、あるいはこのような厚い響きの編成が似合っているのかもしれません。
2曲目はピアノ三重奏曲。これはショーソンの初期の作品で、非常に内向的で思いつめたような雰囲気の曲です。初めて聴いたときは「重くて暗い曲」という 印象を持ち、あまり好きではなかったのですが、聴いていくうちにだんだんと好きになっていく、というタイプの曲です。
3曲目は、クラリネットとピアノのための「アンダンテとアレグロ」。作品番号のついてないこの曲は、ピアノ三重奏曲と同じ頃に作曲されたらしい、 比較的初期の作品ですが、ピアノ三重奏曲とは対照的な、明るく軽やかな雰囲気の曲です。
4曲目は、チェロとピアノのための小品。こちらは後期の作品で「詩曲」より少し後の作品。 チェロがおだやかに、そして伸びやかに歌う旋律がとても魅力的。

ブラームス ヴィオラ・ソナタ(全2曲)、2つの歌
Veronika Hagen(viola) Paul Gulda(piano) Iris Vermillion(alt)
ブラームスの2曲のヴィオラソナタと、アルト、ヴィオラ、ピアノのための2曲の歌曲の収められたCDです。
ブラームスの2曲のヴィオラソナタは、もともとはブラームス最晩年に作曲された、クラリネットとピアノのための2曲のソナタで、 それらをブラームス自身がヴィオラとピアノのために編曲したものです。
最晩年のブラームスは、創作意欲の減退を感じ作曲から遠ざかっていたそうですが、 ミュールフェルトという優れたクラリネット奏者の演奏を聴く事により再び創作意欲を沸き立たせ、 クラリネットとピアノのためのソナタを2曲、クラリネットと弦楽四重奏のためのアンサンブル、 クラリネット・チェロ・ピアノのためのアンサンブルと、クラリネットのために4曲の室内楽曲を作曲したそうです。
そのうち、クラリネットとピアノのための2曲のソナタは、ブラームス自身がヴィオラとピアノのために編曲し、 このCDでのヴェロニカ・ハーゲンのヴィオラによる演奏は、クラリネット版で聴くのとは雰囲気が変わり、 淋し気な気分がより濃く伝わってくるような印象を受けます。
アルト、ヴィオラ、ピアノのための2つの歌は、とても優しく暖かい雰囲気いっぱいの歌曲で、 ブラームスは交響曲と室内楽曲しか知らなかった私にとっては、ブラームスの別の一面を垣間見る事ができ、 新鮮な印象を受けました。
最近、ヴィオラ奏者の友人が企画したサロンコンサートで、 2つの歌曲をライブで聴く機会を得、「優しく暖かい曲」、という印象をさらに強くし、「懐かしい」という思いも感じました。

ベートーヴェン 後期弦楽四重奏曲集
Quartetto Italiano
往年の名カルテット、イタリア四重奏団によるベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲集。 1967年から1969年にかけての録音ということなので、もう30年も前の、今となっては古い演奏になり、もはや古い演奏スタイルなのかもしれませんが、 私は、旋律をゆったりと歌わせるイタリア四重奏団の演奏がとても好きです。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は全部で17曲あり、前期の第1番から第6番、 中期の第7番から第9番の「ラズモフスキー・セット」と第10番「ハープ」と第11番「セリオーソ」、 後期の第12番から第16番と「大フーガ」という、3つのグループに分かれます。
以下、後期四重奏曲を作曲順に紹介します。 後期四重奏曲は32曲のピアノソナタ、9曲の交響曲、ミサ・ソレムニスの作曲が終わった後に着手された、ベートーヴェン最晩年の作品群です。

第12番(op.127)は、一連の後期四重奏曲のなかで最初に作曲された作品で、第9交響曲(op.125)より作品番号が2つ後で、 12番、15番、13番の3曲は、ロシアのガリツィン公爵に作曲依頼され、公爵に献呈された曲です。 楽章構成は4楽章構成と一見古典的。第2楽章の変奏曲が穏やかで静かな美しさを湛えている点や、第4楽章が軽やかな雰囲気を醸し出しているあたり、 中期の「傑作の森」時代の曲とはずいぶん趣きが異なります。

第15番(op.132)は、いささか不思議な経緯を辿った曲です。もともとは4楽章構成として計画されたものの、途中大病に悩まされ、作曲を中断する羽目になりました。 病気から回復したとき、それまでの計画にはなかった長大な第3楽章が書き加えられることになりました。 第3楽章は冒頭の「病から癒えた者が神に捧げる感謝の歌」と記された部分と、それに続く「新しき力を感じつつ」という部分があり、 「感謝の歌」の部分はとても静かで崇高な雰囲気のアダージョ、「新しき力を感じつつ」の部分は溌剌とし活気に満ちたアンダンテです。 「新しき力を感じつつ」の部分が終わると、「感謝の歌」が変奏されて現れ、次いで「新しき力を感じつつ」の変奏が現れ、最後に、「感謝の歌」が 「心をこめて、深い感情で」と記され、さらに変奏されて現れます。この第3楽章は変奏を重ねる毎に楽想が長く引き伸ばされ、 楽章の最後の「感謝の歌」の2度目の変奏に至って、この世の音楽と思えない崇高な境地に達します。
神秘的で崇高な第3楽章の後を受けた第4楽章は短い行進曲で、第3楽章の「新しき力を感じつつ」の気分を引き継いだかのような曲想で、 アタッカで第5楽章に続きます。第5楽章の主題は、情熱的で若々しさを感じさせる力強いものですが、元来は第9交響曲第4楽章の主題として作曲されたものでした。 第9交響曲の第4楽章がシラーの詩に基いた合唱つきの楽章になったため、使われる事なく残ってしまった主題を弦楽四重奏曲の主題に転用したそうです。

第13番(op.130)は、後期弦楽四重奏曲のなかでも問題のある1曲です。この曲は6楽章からなる曲で、最終楽章には長大なフーガが配されていたのですが、 このフーガ、長大かつ難解であったため、初演のときには不評だったとか。特に、楽譜出版社のアルタリアの意向も汲み入れ、 弦楽四重奏曲第16番完成の後に新たにアレグロの短めの終曲を書き下ろし、その形で出版されたそうです。 もともとの終曲であったフーガの楽章は「大フーガ」(op.133)という独立した曲として出版される事になりました。 イタリア四重奏団のこの演奏では改作版のフィナーレによる演奏ですが、近年ではオリジナルの「大フーガ」をフィナーレに置いた演奏もなされるようです。 (澤カルテットによるベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスでは第13番を2通りのフィナーレで演奏していました。)
さて、13番は以上のような特殊な経緯を持つ曲なのですが、曲の構成も6楽章構成となり、それぞれの楽章がはっきりした個性をもっており、 全体としては弦楽四重奏による組曲、といった様相を見せています。
第1楽章は15分近い長さのアダージョ楽章、第2楽章は間奏曲的な短いプレスト楽章、 第3楽章は曲想が様々に変転するアンダンテ楽章、第4楽章はこれまた間奏曲風のドイツ舞曲(レントラー舞曲)、 第5楽章は叙情的な美しさと哀しさに満ちた「カヴァティーナ」で、ベートーヴェン自身も会心の作といったと伝えられるアダージョ楽章、 第6楽章は先にも述べたように初演の後に差し替えられた楽章で、快活なアレグロ楽章。

「大フーガ」(op.133)は、上でも述べたようにもともとは弦楽四重奏曲第13番の終楽章として作曲されたものの、 終楽章が差し替えられたために独立した曲として出版されるようになったものです。
最初に提示されるフーガの主題は短2度進行と減7あるいは長6度進行の組み合わされたもので、 後にシュニトケがこのフーガ主題を自作の弦楽四重奏曲第3番(1983)に引用した事からも分かるように、 19世紀初期に書かれた音楽としてはかなり前衛的なものです。
フーガ主題の提示の後、3連符が印象的な長大なアレグロの第1フーガ、穏やかな様相のメノ・モッソ・エ・モデラートの第2フーガ、 トリルが印象的なアレグロ・モルト・エ・コン・ブリオの第3フーガと続き、第2フーガ、第3フーガの変奏的な再現を経て、 第1フーガ、第2フーガ、第3フーガの断片的な回想を含んだ終曲へと至る、演奏に19分を要する741小節に及ぶ大曲です。

第14番(op.131)は、特に誰かから依頼を受けた訳でもなく自発的に作曲された作品。 第15番で5楽章、第13番で6楽章と、一つづつ楽章数が増えて、この第14番では7楽章になり、 しかも7つの楽章全てが切れ目なく通して演奏される、という異例な形態となりました。 第13番と同様、第14番も多様な楽想の楽章から構成された組曲的様相を表しています。 第13番では気楽な雰囲気も出ていたのですが、この第14番では厳しい雰囲気が前面に出てきているように感じられます。
第1楽章はとても哀しげなフーガ。第2楽章は第1楽章と趣を異にし、伸び伸びとした雰囲気のアレグロ楽章。第3楽章はわずか11小節の間奏曲。 第4楽章は全曲の中心となる、息の長い旋律をゆったり歌わせる変奏曲。 第5楽章はプレスト。スケルツォ楽章で、ヴァイオリンが軽快な主題を奏でています。 楽章の終わりの方で4つの楽器全てがスル・ポンティチェロ奏法(弓を駒のすぐ近くに持ってきて弾く奏法。 金属的な音色がするので聴けばすぐわかります)で演奏する部分があるのですが、古典派の曲でスル・ポンティチェロで演奏するものはかなり珍しいと思います。 第6楽章は哀しげで涙に暮れるような間奏曲風の楽章。私は第13番の第5楽章「カヴァティーナ」、第16番の第3楽章と並んで、 第14番の第6楽章はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中で、美しい旋律を持つ楽章であると考えています。 最終楽章である第7楽章は、力強くも悲愴な雰囲気に満ちたソナタ形式楽章。

第16番(op.135)は、ベートーヴェンが亡くなる半年前に完成した曲で、ベートーヴェン最後の作品。 15番、13番、14番と、楽章数が増えて巨大化していった3曲の弦楽四重奏曲とは趣を事にし、4楽章構成に戻った作品。 第3楽章の幻想的な重々しい雰囲気のある変奏曲は、後期の作品のなかでも最も美しい楽章の一つで、 弦楽四重奏のリサイタルでアンコールに演奏される事もしばしば。 私自身も、ピアノサークルのオフ会ではこの第3楽章の第1ヴァイオリンパートを弾く事が多いのです。 第3楽章の重く幻想的な雰囲気とは対照的なのが第4楽章。透明で明るく、軽妙さも感じられる楽章ですが、第4楽章の冒頭部分には、 「ようやくついた決心」という表題が掲げられ、「そうでなければならぬか(Muss es sein?)」、「そうでなければならない(Es muss sein!)」と 記された、実際には演奏される事のない主題が記されているのが何とも謎めいています。

マニャール/フランク ヴァイオリン・ソナタ
オーギュスタン・デュメイ(violin) ジャン=フィリップ・コラール(piano)
アルベリック・マニャールは、1865年に生まれ、1914年に亡くなったフランスの作曲家です。 マニャールは生没年から分かるようにドビュッシーの同時代人なのですが、彼はショーソン、ダンディ、ルクーらと同じくフランク派の一人で、 その作風は重厚な作品を残したフランク派の面々のなかにおいてもひときわ重厚で厳しいものです。それは、もしかすると彼の激しい気性によるものなのかもしれません。 第1次世界大戦が勃発し、作曲をしていたマニャールの住む北フランスの屋敷をドイツ軍が包囲した1914年9月3日、 マニャールは銃を手に抵抗したものの屋敷に火を放たれて焼死したというエピソードが、その気性の激しさの一端を現している、といえるかもしれません。
寡作だった彼は生涯にわずか20あまりの作品しか残していません。その中には4曲の交響曲、ここで紹介するヴァイオリン・ソナタ、 チェロ・ソナタ、ピアノ三重奏曲、ピアノと木管楽器のための五重奏曲などの室内楽曲、いくつかのピアノ小品などが含まれます。 そのいずれもが重厚でありつつも抒情的な作品で、近代フランス音楽のなかでも独特の位置にあると思います。
ここで紹介するヴァイオリン・ソナタは、マニャールの代表作と言っても良いくらいの作品で、 1901年の10月3日から12日までのわずか10日間で作曲されたそうです。 とは言え、4楽章からなるこの作品、第3楽章を除いて緩徐で長大な楽章。全曲の演奏時間が40分を超え、ヴァイオリン・ソナタとしてはかなり巨大なものです。 第1楽章序奏での瞑想的にヴァイオリン・ソロが、一転して情熱的な旋律に変わり、ピアノパートもヴァイオリンに合わせてシンフォニックに鳴り響きます。 第2楽章は一転して優しく穏やかな雰囲気。第3楽章スケルツォは、リズミカルで快活なものの、どこか不安げな雰囲気もにじんでいます。 第4楽章は哀愁を帯びた、これまた情熱的な音楽ですが、ひっそりとした感のあるコーダで全曲を閉じます。
フランクのソナタは、あまりにも有名ですが、フランクと同郷のベルギー出身の大ヴァイオリニスト、イザイの結婚祝いのために作曲された作品。 重厚な作品の多いフランクの作品のなかにあって、ほとんど唯一例外的に明るく軽やかな作品です。

話はそれますが、このイザイという人、自分自身でも無伴奏ヴァイオリンソナタを6曲書き残すなど作曲活動もしていたのですが、 ここで取り上げたフランクとマニャールのヴァイオリン・ソナタをはじめ、同じくフランク派の逸材、ルクーのヴァイオリン・ソナタや、 ショーソンの「ピアノ、ヴァイオリン、弦楽四重奏のための協奏曲」や「詩曲」など、フランク派の作曲家の作品を数多く依頼、初演し、献呈もされているのです。

マニャール チェロ・ソナタ、ピアノ三重奏曲
Regis Pasquier(violin) Xavier Phillips(cello) Huseyin Sermet(piano)
第1次世界大戦により唐突に閉じた、50年に満たない生涯にわずか20あまりの作品しか残していないマニャールは、 ここで紹介するチェロソナタとピアノ三重奏曲を含む、いくつかの室内楽曲を書き残しています。

チェロソナタ 作品20(1910)は、優しく穏やかな序奏から一転、何かに急き立てられるような主部へとなだれ込む第1楽章冒頭が印象的。 穏やかな楽想と急き立てられる楽想が交互に現れ、穏やかな雰囲気で楽章を終えます。 第2楽章スケルツォも、相変わらず急き立てられるような雰囲気で突っ走り、中断なく第3楽章へ。 第3楽章はFunebreの指示どおり、哀しげな緩徐楽章。第2楽章から中断なく第3楽章へ入ると途端に一転して暗く静かな雰囲気に。 第4楽章は熱情的で快活な楽章。チェロが伸びやかに歌うも、なぜか唐突に曲が終わります。あたかもこのチェロソナタの作曲の4年後、 第1次世界大戦で屋敷を取り巻いたドイツ兵に火を放たれてあっけなく閉じたその生涯の終わりを予見するかのように。

ピアノ三重奏曲 作品18(1904)は、私がはじめて聴いたマニャールの作品。1999年9月頃、ピアノ・トリオの演奏会で初めて耳にしたこの作品、 当時は作曲家の名前すら聴いた事もなく、どんな曲かと聴き入っていました。
第1楽章、ピアノの低音部のトレモロに導かれてチェロが、次いでヴァイオリンが情熱的な主題を歌いだし、 ピアノに行進曲風の旋律が現れる冒頭部分が聴き手を興味を惹き付けます。抒情的に3つの楽器が歌う楽想と、 急き立てられるようなテンポで不安感を感じさせる楽想とが交錯し、唐突に楽章が終わります。 第2楽章は何かを懐かしむかのような、ゆったりとした歌。 第3楽章スケルツォは、明るく歌わせる楽想と、不安にとりつかれ熱に浮かされたような楽想との変転が印象深いです。 中断なしで続く第4楽章は第1楽章の主題がエコーのように聴こえてきます。勇ましさを感じさせる楽想、抒情的な歌を経て、最後は優しく静かに曲を閉じます。

コルンゴルド ピアノ三重奏曲
シェーンベルク 「浄められた夜」(ピアノ三重奏版)
マーラー ピアノ四重奏曲
ウィーン・ベートーヴェン・トリオ
コルンゴルドは、1897年にウィーンに生まれた作曲家で、ここで紹介するピアノ三重奏曲作品1は、何と12歳のときの作品だそうです。 しかし、その作風は既に完成されたものであり、後期ロマン派の系列に並ぶ作曲家の一人としてもう少し名前が知られていてもいいように思います。

シェーンベルクの「浄められた夜」は、元来は弦楽六重奏曲として作曲され、後に作曲者自身により弦楽合奏用に編曲されたのですが、 ここでは、エドゥアルド・ストイアーマンによって、ピアノ・ヴァイオリン・チェロのために編曲された版での演奏です。
オリジナルの弦楽六重奏版とこのCDのピアノ三重奏版とを比べてみると、弦楽六重奏版はきりっと引き締まった冷たい響きがする一方、 ピアノ三重奏版は弦のトレモロがピアノのトレモロに替わるせいか、より温和な印象を受けました。
シェーンベルクがこの曲を書くに当たってインスピレーションを受けた、デーメルの詩に重ね合わせるならば、 弦楽六重奏版では冬の夜の森の厳しい寒さや男と女の間の心理的緊張などを強調し、もう一方のピアノ三重奏版の方は、 男と女の間の心理的緊張よりもお互いの共感しあう想いにスポットを当てている、と感じました。

マーラーといえば、一般には大規模な交響曲と歌曲で知られるのですが、ここで紹介するピアノ四重奏曲は、 マーラーがウィーン音楽院で学んでいた1876年の作品。おそらく、音楽院での室内楽の課題として作曲されたものなのでしょう。 後の交響曲作家としてのマーラーを予感させるものはまだ見られないものの、この四重奏曲の数年後、 音楽院の卒業作品として作曲されるカンタータ「嘆きの歌」を思い起こさせる旋律が少し聴こえて来るような気もします。 少年特有の暗く熱に浮かされたような雰囲気の曲で、現存するスコアは第1楽章全部と、第2楽章の断片的なスケッチのみ。 ちなみに、第2楽章は遺された断片を元に、ロシア出身の作曲家アルフレート・シュニトケがほとんどオリジナルともいえる創作をし、 2楽章構成の曲としてボロディン四重奏団他の演奏で聴くことが出来ます(また、 交響曲第5番の第2楽章は管弦楽用に編曲されたものがそのまま使用されています)。 私の持っているウィーン・ウニヴェルザールの総譜には、この曲の由来と思われる記述がドイツ語で数ページにわたって記されているのですが、 ドイツ語を全く読めない私には、何が書いてあるのかわからず・・・。
少し前、この曲のピアノパートを弾いたことがあるという方のお話を聞く機会があったのですが、
「10度などの音程が頻繁に出てくるし、急に音程が跳躍するし。何ヶ月もかけて練習したけどなかなか手に馴染まなくて。 マーラーは手が大きくて、よっぽどピアノが巧かったのかな」
とおっしゃっていました。

ルクー チェロソナタ/ピアノのための3つの小品/ピアノ・ソナタ
Luc DEWEZ(cello) Luc DEVOS(piano)
わずか24歳の若さで亡くなったベルギー出身、フランスの作曲家、ギョーム・ルクーの室内楽、及び、ピアノ曲の作品集です。
ルクーのチェロ・ソナタは、1888年、ルクー18歳の頃の作品。その演奏時間は45分近くにも及ぶ大作です。
第1楽章 Adagio malinconicoは全体の半分を占め、20分に及ぶ長大な楽章。チェロが陰鬱な雰囲気の主題を歌い、 それが一時は激情や諦めの雰囲気に姿を変えながらも、その奥底には常に陰鬱な空気が流れている、そんな楽章です。 第2楽章 Allegro molto quasi prestoは、ベートーヴェンのソナタで言えばスケルツォに当たる楽章。 第3楽章 Lento assai e molto di malinconiaは、穏やかで物想いに沈んだ雰囲気の楽章。 第4楽章 Epilogueは、前の3つの楽章を駆け足で回想し、唐突に終わります。

ピアノのための3つの小品は、1892年の作品。室内楽の大規模な曲では陰鬱な表情の曲を書くことの多いルクーですが、 このピアノ小品では、穏やかであったり快活な表情を垣間見せます。

ピアノ・ソナタは、1891年の作品です。 友人からもらった楽譜のコピーを眺めながら聴いていると、この曲が「ソナタ」と名付けられながらソナタ形式に則っておらず、 むしろフランクのピアノ曲を連想させます。
第1楽章は、悲しげな旋律がオクターブで色づけされ、重々しい雰囲気を感じさせる35小説の短い楽章。 第2楽章は、第1楽章で出てきた旋律を主旋律とするフーガ。楽章の前半は声部が順に一つづつ増えていく、フーガの標準的な形態。 中間部分より後では、右手と左手が和音で一つづつの声部を受け持ち、重厚な印象を与えます。 第3楽章は、新しい主題を用いたフーガ。ちらりと後ろを振り返るかのように第2楽章のフーガの主題が右手に表れ、再びフーガに戻ります。 第4楽章は、第2楽章、第3楽章の主題を用いた、自由な形式の楽章。第5楽章は、それまでずっとト短調だったのがト長調に移旋し、 第1楽章から第4楽章で出てきた旋律を回想しながら、優しく、静かに曲を終えます。

ニーノ・ロータ 室内楽曲集
KREMERata MUSICA
日本ではもっぱら映画音楽の作曲家として有名なニーノ・ロータですが、いわゆるクラシカルな分野、 特に室内楽の分野で親しみやすい、美しい作品を30曲あまりも書き遺しています。 このCDでは、そんな数多くの曲の中から1996年のロッケンハウス音楽祭でライブ収録された数曲が収められています。

「ささやかな音楽の捧げ物」(1943)は、木管五重奏(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)のためのユーモラスで軽やかな雰囲気の小品。
ハープのためのサラバンドとトッカータ(1945)は、ハープの音色の美しさがとても印象的です。
フルート、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲(1958)は、急-緩-急の3つの楽章で構成され、 第1楽章冒頭の速いテンポかつフォルテで3つの楽器が競うように演奏するのに耳を惹きつけられます。メロディアスな第2楽章を経て、おもちゃ箱をひっくり返したかのように心楽しい第3楽章も印象的。
ピアノソロのための"Ippolito gioca"(1930)は、11歳から13歳まで作曲を習っていた、イルデブランド・ピツェッティの50歳を祝って作曲されたピアノ小品。
弦楽四重奏を伴奏としたソプラノのための歌曲「イル・プレゼピオ」(1928)は、このCDの演奏が世界初録音。さらに50年ぶりに演奏された、とのこと。 貧しいマリアとヨセフが幼子イエスを寝かしつける、といった歌詞で、悲しく暗い雰囲気の音楽です。
ピアノ曲「子供たちのための七つの難しい作品」(1971)からは、"Cantilena"と"Puccettino nella guingla"の2曲。 Cantilenaは極めてシンプルな旋律、Puccettino nella guinglaは、ややユーモラスなところがある作品です。
ヴィオラとピアノのための間奏曲は1945年ごろの作品。とても悲しげな雰囲気の曲です。
九重奏曲(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)は、1959年から1977年まで、 18年にわたって書かれた作品。 ユーモラスな楽想あり、夕暮れを思わせる淋しい雰囲気の楽想あり、牧歌的な楽想あり・・・。 旋律だけではなく、音色の美しさにも優れた曲です。

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