CD/DVD検索結果

ジャケット写真をクリックするとAmazon.co.jpの該当商品ページを表示できます。

ブラームスのCD/DVDが6件見つかりました。

1件目から6件目まで表示します。

ブラームス クラリネット五重奏曲・クラリネット三重奏曲
Thea King(clarinet), Gabrieli String Quartet, Karina Georgian(cello), Clifford Benson(piano)
晩年になり創作力の衰えを感じていたブラームスは、大曲の作曲をやめ、仕事を整理して静かな余生を送ろうと考えていた。ところが、クラリネットの名手、 ミュールフェルトの演奏に接して再び創作への意欲を沸き立たせた。そうしてブラームスは、ここで紹介するクラリネット五重奏曲、クラリネット三重奏曲、 そして2曲のクラリネット・ソナタを作曲した。クラリネット・ソナタは、ブラームス自身による編曲でのヴィオラ・ソナタとしてもよく演奏されるようである。
クラリネット五重奏曲、クラリネット三重奏曲とも、晩年のブラームスが感じていたといわれる孤独と諦念が基本的なトーンとして響いてくる曲。 とはいえ、クラリネットの音色が明るいので、曲の雰囲気は重さを感じさせず、孤独と諦念が聴こえてくるものの、むしろ軽やかとさえ言える。

ブラームス ヴァイオリン協奏曲
ジネット・ヌヴー(ヴァイオリン) ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団
ジネット・ヌヴーというヴァイオリニストは、1949年、30歳の若さで飛行機事故のために亡くなったため、 録音があまり多く残されていません。その中でも、1948年5月の、このブラームスの協奏曲のライブ盤は ずいぶん前から発売されていました。
ヌヴーのヴァイオリンは、非常に個性的です。と言っても、奇をてらった物ではなく、ヌヴー自身が感じたままを弾き、 それが素晴らしい音を紡ぎ出していくのです。
ヌヴーが録音している、ブラームスの協奏曲は他にも3種類ほど残されていますが、この演奏が、オーケストラとも 息が合っていて、一番いいです。
サガンの「ブラームスはお好き」の中で、ブラームスの協奏曲のコンサートに出かけるシーンがあって、何の協奏曲かは 書かれてないのですが、私はヴァイオリン協奏曲だと信じてます。

ブラームス クラリネットソナタ第1番、第2番
Thea King(clarinet), Clifford Benson(piano)
晩年のブラームスは、創作力の衰えを感じ、静かな余生を送ろうと考えていたが、クラリネットの名手、ミュールフェルトの演奏に接して再び創作意欲をかき立てられた。 そうしてブラームスは、最晩年にクラリネットを用いた室内楽曲を4曲作曲した。最初にクラリネット三重奏曲、続いてクラリネット五重奏曲を作曲し、最後に、ここで 紹介する2曲のクラリネット・ソナタを作曲した。
第1番のソナタは、静かで穏やかな表情の底に憂愁と諦念を感じさせる曲。第2番のソナタは、穏やかさと激しさという、相反する2つの側面を見せるものの、 その底にはやはり、憂愁と諦念とを感じさせる。そうかといって2曲とも暗い曲だというわけではなく、どちらの曲も終楽章は華やかに、あるいは力強く終わるということと、 クラリネットの音色のおかげで、明るさや快活さの中に憂愁と諦念を感じ取る事のできる、そういう味わい深い曲です。
私は梅雨の時期になると、ブラームスのクラリネットを含んだ室内楽曲(ここで紹介したクラリネットソナタのほか、クラリネット三重奏曲、クラリネット五重奏曲)を 好んで聴くのですが、ブラームスの諦念や憂愁感が梅雨の時期の気候としっくりくるからでしょうか。

ブラームス チェロ・ソナタ
長谷川 陽子(vc) パーヴェル・ギリロフ(p)
ブラームスの2曲のチェロ・ソナタは、私が初めて聴いたブラームスの室内楽です。 ブラームスのチェロ・ソナタは2曲とも非常に渋い、どちらかと言えば地味な曲ではあるのですが、 長谷川陽子のチェロがとても瑞々しく旋律を唄わせていて、とても聴きやすいCDです。
チェロ・ソナタ1番は、暗く内向的な性格の曲。第1楽章の、低くつぶやくようにチェロが唄いだす第1主題と、 暗く情熱的な第2主題が共に印象的。第2楽章は、軽快でありつつも寂しさが見え隠れするメヌエットの楽章。 第3楽章は、第1楽章の第2主題とも似た雰囲気の、暗く情熱的なアレグロ楽章。 1番のソナタでは、チェロの音域がかなり低く、重厚な印象を受けます。
チェロ・ソナタ2番は、1番とは対照的に開放的で明るい印象を受けます。第1楽章の冒頭からして1番のソナタと異なり、 ピアノのトレモロに乗っかってチェロがいきいきと唄いだすところなど、とても快活。 第2楽章のアダージョは、どこか懐かしい感じのする叙情的な楽章。 第3楽章は、激しさを帯びたスケルツォ風のアレグロ楽章。 第4楽章は、穏やかで優しい感じのするアレグロ楽章。

ブラームスの2曲のチェロ・ソナタは、1番がチェロの低音域を重点的に使って、暗く重厚な雰囲気を醸し出している一方、 2番の方は低音域から高音域まで幅広く使って快活な印象を与える、という点で対照的な2曲です。

ブラームス ヴィオラ・ソナタ(全2曲)、2つの歌
Veronika Hagen(viola) Paul Gulda(piano) Iris Vermillion(alt)
ブラームスの2曲のヴィオラソナタと、アルト、ヴィオラ、ピアノのための2曲の歌曲の収められたCDです。
ブラームスの2曲のヴィオラソナタは、もともとはブラームス最晩年に作曲された、クラリネットとピアノのための2曲のソナタで、 それらをブラームス自身がヴィオラとピアノのために編曲したものです。
最晩年のブラームスは、創作意欲の減退を感じ作曲から遠ざかっていたそうですが、 ミュールフェルトという優れたクラリネット奏者の演奏を聴く事により再び創作意欲を沸き立たせ、 クラリネットとピアノのためのソナタを2曲、クラリネットと弦楽四重奏のためのアンサンブル、 クラリネット・チェロ・ピアノのためのアンサンブルと、クラリネットのために4曲の室内楽曲を作曲したそうです。
そのうち、クラリネットとピアノのための2曲のソナタは、ブラームス自身がヴィオラとピアノのために編曲し、 このCDでのヴェロニカ・ハーゲンのヴィオラによる演奏は、クラリネット版で聴くのとは雰囲気が変わり、 淋し気な気分がより濃く伝わってくるような印象を受けます。
アルト、ヴィオラ、ピアノのための2つの歌は、とても優しく暖かい雰囲気いっぱいの歌曲で、 ブラームスは交響曲と室内楽曲しか知らなかった私にとっては、ブラームスの別の一面を垣間見る事ができ、 新鮮な印象を受けました。
最近、ヴィオラ奏者の友人が企画したサロンコンサートで、 2つの歌曲をライブで聴く機会を得、「優しく暖かい曲」、という印象をさらに強くし、「懐かしい」という思いも感じました。

Brahms:Complete Organ Works
Rudolf Innig(Org; Klais-Organ of St. Dionysius in Rheine)
「ブラームスがオルガン曲を書いてたの?」
何年か前、どこで誰から訊いたか忘れましたが、確かにそんなことを訊いた覚えがありました。
その後、手持ちの文献でブラームスはオルガン曲を書いているということを確かめ、ようやくCDを入手しました。

元来、オルガンの音色を「荘厳すぎる」と感じていて敬遠する気持ちは多かったし、今もそうなのですが、 ブラームスの作品は、オルガンの音色のもたらす「荘厳さ」を大いに聴かせつつも、 我々の住む「俗世」に近いものも感じさせる、ある意味、「オルガン曲としては近づきやすい」ものと思います。
しかし、その「近づきやすさ」を感じさせる理由としては、無論ブラームスの作曲技法に依るものが大きいのでしょうが、 それに加えて「悲しみ」という感情が滲み出てきている、ということが大きいのかな、と感じます。

"O Traurigketit, o Herzeleit"(おお 悲しみよ、おお 心の苦しみよ)によるコラール前奏曲とフーガ
2つの前奏曲とフーガ
フーガ 変イ短調
以上の曲は1856年から1858年にかけての若い時期の作品で作品番号は与えられていませんが (1856年はブラームスが敬愛してやまなかったシューマンが没した年でもあります)、 彼の他の初期の作品と同様に、完成度の高いものです。

残るは、ブラームス最後の作品「11のコラール前奏曲」(op.122)です。
この作品は、クララ・シューマンが亡くなった後に書かれたとされており、ブラームスの晩年の諸作品に共通する、 悲しみや諦念、別れといった感情を強く感じさせるものです。事実、この曲を完成させた翌年、ブラームスは亡くなったのです。
元来コラール前奏曲は、教会でコラールが歌われる前に奏されるものであったとのことですが、 ブラームスはもはや教会で奏されることを前提とせずに作曲したと伝えられています。
「11のコラール前奏曲」の第1曲が「わがイエスよ、われを導き給え(Mein Jesu,der du mich)」のコラール旋律に基づいた曲であり、 最後の第11曲が「おおこの世よ、われ汝より去らねばならぬ(O welt, ich muss dich lassen)」のコラール旋律に基づいている、 ということに、暗示的な意味を感じずにはいられません。

[MDG 317 0137-2]

ホームページへ

検索画面