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ドビュッシーのCD/DVDが5件見つかりました。

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ドビュッシー・プーランク・ルクー ヴァイオリン・ソナタ
小林 美恵(ヴァイオリン) クリスチャン・イヴァルディ(ピアノ)
ドビュッシー、プーランク、ルクーと、フランス近代の3人の作曲家のヴァイオリン・ソナタ集。このCDが小林美恵のデビュー盤だが、 「デビューCDで、プーランクやルクーのソナタという、かなり珍しい選曲をするなんて、どんな人だろう」と思ってCDを買ったことを覚えている。

いざ、CDを聴いてみると、特にルクーのソナタが絶品。ルクー(1870-1894)が21歳のときに作曲したソナタの、みずみずしい繊細さ、激しい情熱、 若さゆえの高い理想、そういったものを、かなり巧みに描いています。

このCDを聴いて、すっかり小林美恵さんのファンになってしまい、昨年秋には、小林美恵さんのヴァイオリン・リサイタルを、自宅から3時間かけて 明石まで聴きに行き、ルクーのソナタを聴きました。この時のピアノは上田晴子さん。この時の演奏は、ピアノとヴァイオリンが、 互いにエネルギーをぶつけ合う、そんな熱演でした。小林美恵、上田晴子のデュオでルクーのソナタを聴けたのは、昨年最大の収穫のひとつでした。

ドビュッシー 室内楽曲集
Athena Ensamble
第1次世界大戦下のパリ。ドビュッシーは、さまざまな楽器の組み合わせによる6曲のソナタ集の作曲を始めた。
敵国ドイツへの、音楽によるささやかな抵抗を試みたのだ。ドビュッシーが癌によって世を去ったので、6曲のうちの3曲だけが 完成したのだが、3曲ともいずれ劣らぬ個性派ぞろい。
フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタは、組み合わせとしてはかなり珍しい部類に入ると思うのだけど、その響きの美しいこと! 牧歌的で、かつ幻想的。この曲を聴いたら、ドビュッシー好きになること請け合い。
チェロ・ソナタは、第2楽章のセレナードでの、チェロのピッツィカートとピアノのスタッカートの掛け合いになんともいえない無気味さを 感じさせる。
ドビュッシー最後の作品となったヴァイオリン・ソナタは、異国情緒たっぷりのメロディ、軽やかなリズムで、聴いてて楽しい作品。

ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」
シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 モントリオール合唱団(イワン・エドワーズ指揮)
コレット・アリオット・ルガズ(Soprano:メリザンド)
ディディエ・アンリ(Tenor:ペレアス)
ジル・カシュメル(Bariton:ゴロー)
ピエール・トー(Bass:アルケル)
クローディーヌ・カールソン(Alto:ジュヌヴィエーヴ)
フランソワ・ゴルフィエ(Soprano:イニョルド)
フィリップ・アン(Bass:医者、羊飼い)
ドビュッシーが完成させた唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」は、私が最も好きなオペラで、ハンドルネームのPelleasも、タイトルロールのペレアスから採りました。

あらすじ
狩りの途中、森の中で道に迷った王子ゴローは、泉のほとりで泣いているメリザンドを城へ連れて帰り、結婚する。
城に帰ってからのメリザンドは、ゴローの父親違いの弟ペレアスと少しづつ仲良くなり、次第にゴローは嫉妬に苦しみ始める。
「父の具合がよくなったから旅に出ます」とペレアスは、出立の前の夜にメリザンドと逢い、城の外の泉のほとりで二人は抱き合う。 ここで初めて二人はお互いに「好き」と気持ちを打ち明ける。抱き合う二人を見たゴローの嫉妬と怒りは最高潮に達し、ペレアスを刺し殺す。
ペレアスが亡くなったあと、メリザンドは「ただ、何の理由もなく、生きていられなくなり」、病に伏せる。そのベッドの傍らで 「おまえとペレアスは道ならぬ間柄だったのか」とメリザンドを問い詰めるゴロー。メリザンドはゴローの問いかけにもまともに答えることもできず静かに息を引き取る。

このオペラの中で劇的な部分は、ペレアスとメリザンドが抱き合い、ペレアスがゴローに刺し殺されてしまう第4幕の第4場くらいで、 あとは静かに音楽と物語が夢の世界のように流れていきます。オーケストラが描き出している情景や感情は、具体的に「このメロディがこの場面や感情を表している」 というものではなく、聴き手によってどのようにでも感じることのできる、多義的なもので、それは、台本についても同じことが言えます。
台本は「青い鳥」の童話で有名なメーテルランクの戯曲「ペレアスとメリザンド」を、一部省略した以外はほとんどそのまま使っていて、ドビュッシー自身、
「ものごとを半分まで言って、その夢に僕の夢を接木させてくれる」
という理由から、この戯曲をオペラの台本にした、といいます。

私がこのオペラを好きな理由は、やはり、台本自体がものごとを半分しか言わず、音楽が残りの半分を暗示的な形でしか表現せず、 それゆえ聴き手である私に情景や感情を想像する余地を残しているからです。

ドビュッシー & ラヴェル 弦楽四重奏曲
イタリア四重奏団
往年の名カルテット、イタリア弦楽四重奏団による、ドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲の演奏です。 ややゆったりしたテンポで旋律を唄わせながらも、小刻みにテンポを揺らしたりクレッシェンド/ディミヌエンドしたりと、 細かなアクセント付けのなされているイタリア四重奏団ならではの演奏は、聴いていてとても心地良いものです。
ドビュッシーの第3楽章など、まどろみながら美しい夢を見ているかのような思いがしますし、 緻密に書かれているラヴェルのカルテットの第1楽章の演奏を聴いていると、ドビュッシーが「一音たりとも変えてはならない」と ラヴェルに語ったというエピソードを納得できるのです。
CDなどではよくカップリングされているドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲、何気なく聴いていると「どっちがどっちだっけ?」、 ということにもなりそうですが、よく聴いてみるとずいぶん違う作風なのに、なんでカップリングされる事が多いのかと、不思議に感じられます。 ドビュッシーの方は、オペラ「ペレアスとメリザンド」や、晩年のソナタ等にも見られるような、独特の響きを醸し出しているのに対し、 ラヴェルの方は、とても緻密に書かれ、細かなところまで凝った造りで、管弦楽法に秀でていたラヴェルの面目躍如、といった感があります。

ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」
ピエール・ブーレーズ指揮 ウェールズ・ナショナル。オペラ管弦楽団・合唱団(ガレス・ジョーンズ合唱指揮)
アリスン・ハーグレイ(Soprano:メリザンド)
ニール・アーチャ(Tenor:ペレアス)
ドナルド・マクスウェル(Bariton:ゴロー)
ケニス・コックス(Bass:アルケル)
ペネロープ・ウォーカー(Alto:ジュヌヴィエーヴ)
サミエル・バーキー(Boy Soprano:イニョルド)
ピーター・マッソーキー(Bass:医者、羊飼い)
ペーター・シュタイン(演出)
ドビュッシーが完成させた唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」は、以前にもデュトワ指揮のCDを紹介していますが、今回はDVDの紹介です。 何でも、初演(1902)以来はじめての映像収録(1992)とのこと。 台本は「青い鳥」の童話で有名なメーテルランクの戯曲「ペレアスとメリザンド」を、一部省略した以外はほとんどそのまま使っています。

あらすじと演出について
狩りの途中、森の中で道に迷った王子ゴローは、泉のほとりで泣きじゃくっている、 素性も知れない若い娘メリザンドを見つけて結婚し、城へ連れて帰る。
城に帰ってからのメリザンドは、ゴローの父親違いの弟ペレアスと少しづつ仲良くなっていく。 次第にゴローは嫉妬のために苦悩し、その嫉妬の炎はだんだんと燃え上がる。
ペレアスの父は病気であったが病状が快復し、「父の具合がよくなったから旅に出ます」とペレアスは、 出立の前の夜にメリザンドと逢い、ここで初めて二人はお互いに「好き」と気持ちを打ち明ける。 城の外の泉のほとりで抱き合い、接吻を交わす二人を見たゴローの嫉妬と怒りは激情と化し、ペレアスを刺し殺す。恐怖におののき逃げ惑うメリザンド。 自分も剣で自害しようとするが死ぬには至らなかったゴロー(これは原作にはなく、演出家の解釈)。
ペレアスが亡くなったあと、メリザンドは、医者が言うには「こんな傷では小鳥でも死にません」という程度の傷しか負っていないものの、 「ただ、何の理由もなく、生きていられなくなり」床に伏せる。その床の傍らで「おまえとペレアスは道ならぬ間柄だったのか」と メリザンドを問い詰めるゴロー。 メリザンドはゴローの問いかけにもまともに答えることもできず静かに息を引き取る。 そのあとにはメリザンドが産み落としたゴローの子供が遺される・・・。

私は「ペレアスとメリザンド」に限らずオペラの実演を未だ観たことがないのですが、劇中、本物の鳩や羊を使っているのには驚きました。 通常の「ペレアスとメリザンド」の実演では、小道具(ないしは大道具?)を使うのでしょうか?
このDVDでは、間奏曲や前奏曲に総譜を映し出しているのですが、ところどころ見られる書き込みはもしかするとブーレーズの自筆かも。
全ての歌手が語るような感じで歌い、その語る内容や感情と見事なまでに呼応した音楽。 ドビュッシーが10年もの歳月を費やしたという「ペレアスとメリザンド」だけでも彼の功績は充分すぎるくらいでしょう。

第1幕第1場で、ゴローが森の奥の泉でメリザンドを見つける場面の音楽は、メリザンドの神秘性を醸し出し、 第3幕第1場、眠る前に歌を歌いながら塔の窓辺で髪の手入れをするメリザンドの歌声に引き寄せられるようにやってきたペレアスが、 塔の窓から垂れ下がったメリザンドの髪に接吻し、愛撫する場面の音楽は、 ペレアスのほのかな恋心をおだやかな官能性を持って演奏することで表現しています。
一方、第3幕第4場、ペレアスとメリザンドが何をしているのか、息子のイニョルドを使って盗み見させ、 その様子をイニョルドから聞く度に怒りと嫉妬に燃え上がるゴローの感情と、イニョルドの無邪気さとのコントラストを、 ドビュッシーの音楽は見事に描き出しています。
物語のクライマックスは第4幕第4場。出立する前の夜、ペレアスとメリザンドは城の外の泉で出会い、初めてお互いの気持ちを打ち明けます。 このときのハープと弦の弱音が2人のひそやかな嬉しさを音色で語っているように思われます。 第4場の最後、二人が接吻し、ペレアスが「星がみんな降ってくる」と最高音に近いテノールで、メリザンドも「わたしにも」と絶唱し、 クライマックスが訪れた直後、ゴローはペレアスを刺し殺し、恐怖に怯えたメリザンドが逃げ惑うという物語の急転回に、 メーテルランクの台本の巧みさを読み取ることができ、そして、その巧みな筋書きにぴったりと呼応した音楽をつけたドビュッシーの才能、 そしてその音楽と台本をしっかりと自分のものにしているブーレーズの解釈に、思わずそのシーンを繰り返してみてしまうほど感嘆します。
第5幕第1場、病床のメリザンドに、自殺を果せず傷を負ったゴローが「そなたはあれ(ペレアス)と禁じられた愛を持ったのか」、 「そなたたちは罪を犯したのか」と問い詰める場面、日本的な言い方をすれば人間の業の深さを感じずにいられません。
対するメリザンドが「罪など犯していません」と弱々しい声で応えるところで、 「罪」という言葉に対する二人の思いが全く違うことがありありと示されてしまうところにも、人の心の奥深さを感じぜざるをえません。 劇の最後、静かに息を引き取りつつあるメリザンドになおも問い詰めようとするゴローに、
「魂というものが何であるかそなたは分かっておらぬ」
と諭す、老王アルケルの言葉は、その姿(白い着物に茨の冠のような、キリストのような姿)と共に、 人の心、魂の奥深さを悟りきった重みを感じさせます。

メリザンドが息を引き取ったあとに鳴らされる静かな鐘の音は、メリザンドへの弔意を示すかのごとく、静かに悲しげに響き、幕を閉じます。

演出に関する追記(2004/7/30)
ドビュッシーの台本では、「ゴローがペレアスを斬り殺した後に自殺しようとする」と言う記述はない。
しかし、メーテルランクの原作の第5幕第1場(ドビュッシーの作品では省略された場面)では、 「ゴローが剣を脇腹に刺して自殺しようとして死ねなかった」と言う事が書かれており、 これを、ペレアスを斬り殺した後にゴローが自身に剣を突き立てる演技をすることで表現した今回の演出は、 ドビュッシーの台本のみならずメーテルランクの原作にまで踏み込んでいることを表しており、この演出は評価すべきものであろう。

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