澤カルテットによるベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス

チクルス第4回はチケットを手配しようとしたら完売で聞きにいけなかったのですが、それ以外の5回は聴きに行きました。
9月の第3回も聴きに行ったはずなのに、感想をどうやらアップしていないようです・・・。

May 29 2000

SAWA QUARTET ベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス第1回(大阪 ザ・フェニックスホール)

曲目
弦楽四重奏曲第6番
弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」
弦楽四重奏曲第15番
澤 和樹(vn) 大関 博明(vn) 市坪 俊彦(va) 林 俊昭(vc)

これから来年4月まで、大阪以外に東京、岐阜、福岡、佐世保で計6回のチクルスが開催され、今回は第1回公演でした。
私はSAWA QUARTETを聴くのは初めてだったのですが、3曲とも、緊密なアンサンブルと安定した技術に裏付けられた、安心して聴く事のできる演奏でした。

曲そのものについてですが、私は前期の6曲(1番から6番)は、まだCDでも本腰を入れて聴いた事がないので11番と15番についてだけ。
11番「セリオーソ」は、第1楽章の冒頭の強奏、チェロの音色がかなり強く、そのせいで曲の持つ荒々しさが強調されていたのが印象に残っています。
15番は、第3楽章「病気の回復した者が神に感謝する聖なる歌」が圧巻。一音一音が、ホールの中の空間をたゆたっている、音がただそこに「存在」していました。 第1楽章で見せた苦しみと悲しみの表情、第2楽章での一時のくつろぎと、前の2つの楽章で見せる表情と、第3楽章の最初の音が示す感情とは属している世界が 明らかに異なっていて、第3楽章は現実世界での苦しみとは無縁の、標題にある通りの「神への感謝」としかいいようのない崇高な音楽と、遊び心のある軽妙な 音楽とが、不思議な明るさをこの四重奏曲に与えています。第4楽章は続く第5楽章への序奏的役割で、第5楽章は悲しみを乗り越えようとする、力強い意思を 感じさせる音楽。第3楽章を除くと一貫して悲しみとか苦しみが聴こえてくるのだけど、第3楽章は別世界の音楽のように聴こえる。事実、この四重奏曲は、 第3楽章を除いた形で作曲していた最中、ベートーヴェンは病に苦しんで作曲を中断せざるを得なくなり、病から回復した後、第3楽章を書き加えたのだから、 第3楽章だけ楽想が違うのは理由があるのです。これはCDなどの解説で読んで頭では分かっていても、いざ実演を聴いて初めて実感する事なのかもしれません。

アンコールでは、弦楽四重奏曲第13番より、第5楽章「カヴァティーナ」が演奏されました。この曲も、優しく、そして悲しい音楽で、ベートーヴェンの弦楽四重奏の中で 掛け値なしに最も美しい楽章でしょう。
メインの3曲で素晴らしい演奏を聴かせていただいて、さらにアンコールで「カヴァティーナ」まで聴けて、とても充実したコンサートでした。
次回7月9日(日)のチクルス第2回、ラズモフスキー2番と13番(終楽章は大フーガ)を聴くのが、今から楽しみになってきました。

July 9 2000

SAWA QUARTET ベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス第2回(大阪 南森町 モーツァルト・サロン)

曲目
弦楽四重奏曲第8番(ラズモフスキーセット第2番)
弦楽四重奏曲第13番/「大フーガ」
澤 和樹(vn) 大関 博明(vn) 市坪 俊彦(va) 林 俊昭(vc)

SAWA QUARTETの、ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏チクルスの第2回公演でした(第1回公演はこちら)。
今回の公演は、雑居ビルの1階を使った、サロンでの演奏会でした。一般のコンサートホールより、ずっと小さな空間での演奏なので、 演奏者との距離が近く、聴き手の側の緊張感が高まる、という反面、室内の空間が小さく残響がほとんどなくて楽器から直接伝わってくる音が 主体になるため、サロンコンサートに慣れていない私の耳には、音響的には少し辛いものがありました。

8番は、私自身、どちらかといえば苦手な曲です。1楽章から3楽章までがどうにも重くて・・・。第4楽章のプレストだけは、唯一好きな楽章です。 今回の演奏では、第4楽章はテンポを押さえ気味で始め、途中でほんの少し手綱を緩めるような感じで、少しだけテンポを速めていました。 聴いていて、少し欲求不満を感じてきたころにコーダ。コーダで、それまでセーブしていたエネルギーを8割だけ吐き出すかのような感じでテンポを速めていました。 普段聴いているイタリア四重奏団の演奏は、最初からテンポが速くコーダでぐっとテンポが速まる演奏で、イタリア四重奏団(25年前の演奏!)とは ずいぶん違うアプローチだな、という印象を受けましたが「なるほど、聴き手をじらしておいて最後に欲求不満を解決する、というやり方もあるのか」と好感を持ちました。
今スコアを確認してみると、テンポの指定については必ずしもスコアどおりではないようにも思えます。スコアでは楽章の冒頭でPresto、全音符=88のテンポ指定で、 コーダでPiu Presto、全音符=112というテンポ指定。つまり、最初から速いテンポで最後でさらにぐっと速くなる。 一般によく言われる「スコアの解釈の仕方」の話を、今この一文を書いている時点で、初めて実感として認識しました。

13番は、問題をはらんだ後期弦楽四重奏の中でもある意味で難物の作品です。フィナーレの第6楽章が2種類存在するという点と、 ベートーヴェンの時代の弦楽四重奏には異例の6楽章構成であるという点です。 特に問題なのは、フィナーレの第6楽章。ベートーヴェンは、最初、長いフーガの楽章を書いたのですが、初演の際、「長大で難解」という理由で聴衆からも 出版者からも不評だったため、後に短いアレグロの楽章に差し替え、もともとのフーガ楽章は「大フーガ」という独立した作品として出版されました。 今回の公演では、オリジナルの「大フーガ」がフィナーレに演奏されました。
また、ベートーヴェンの後期四重奏曲の、特に5楽章以上の曲に共通して言える事なのですが、楽章ごとに、長さも曲の雰囲気もバラバラなのです。 暗く崇高な楽章もあれば、舞曲風の楽章もあり、しかもそれらが隣り合って配置されているという点です。曲としての統一感がない、 という批判もあるでしょうが、論理的整合性よりも構成の自由さをより重視し、追求したかったのだろうと、私は考えています。
話がずいぶんそれましたが、演奏そのもので印象的だったのは、第5楽章「カヴァティーナ」の曲想と、第6楽章「大フーガ」の曲想とのコントラストでしょう。 「カヴァティーナ」はとても抒情的で悲しげなアダージョの曲で、ベートーヴェン自身が「会心の作」と語ったと伝えられている、後期四重奏の楽章の中でも最も 美しいもののひとつ。 一方の「大フーガ」は荒々しくアレグロで始まり、密度も緊張感も高い、長大な音楽。
マーラーやバルトークや前衛音楽を体験した現代人の耳には「大フーガ」はそれほど長大で難解に聴こえないのかもしれないけれど、 「大フーガ」を初演で聴いた人たちは、たぶん、「ついていけない」と感じただろうな、と、演奏を聴きながら感じました。
アンコールは13番の第4楽章「ドイツ舞曲」でした。

February 19 2001

SAWA QUARTET ベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス第5回(大阪 ザ・フェニックスホール)

曲目
弦楽四重奏曲第2番
弦楽四重奏曲第1番
弦楽四重奏曲第14番
澤 和樹(vn) 大関 博明(vn) 市坪 俊彦(va) 林 俊昭(vc)

SAWA QUARTETの、ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏チクルスの第5回公演でした。
今回の公演は、前期の四重奏曲からの2曲と、後期から1曲。この日のお目当ては14番。14番を生で聴くのは初めてでとても楽しみにしていました。

このベートーヴェン最晩年の大作、演奏時間40分程度とかなり長く、「ラズモフスキー・セット」の3曲と同じくらいの長さなのですが、 今回の演奏では40分という長さを感じさせませんでした(私自身が好きな曲である、ということもあるでしょうが)。
その理由としては、7つ(!)ある楽章が、それぞれ長さも趣きも異にしているためではないか、と思われます。
第1楽章のフーガは、重く、暗い雰囲気で、寒い冬の夜空の下、孤独に押しつぶされそうな感情を抱かせる楽章。 第2楽章のアレグロは、打って変わって、ロンド形式で、心楽しい。第3楽章は間奏曲的であり、第2楽章から第4楽章への橋渡しの役割を果たす僅か11小節の楽章。 第4楽章の変奏曲は、変奏ごとに楽想が変転し、夢のようなひとときを感じさせる。第5楽章のプレストは軽快なリズムのスケルツォ。 楽章の終わりの方で、おそらく1820年代としてはかなり珍しいと思われる、スルポンティチェロ奏法(弓を駒のすぐ近くに持っていって弾く奏法)が用いられていて、 音響的にも効果バツグン。第6楽章は、まるで誰かを追悼するかのような、寂しさに溢れた、短い緩徐楽章。最後の第7楽章はアレグロ。 ソナタ形式の楽章で、力強いリズムで軽快な音楽でありつつ悲愴さを感じさせる。 こういった、それぞれに趣の異なる7つの楽章が切れ目なく演奏されるのが14番の特色でしょう。
SAWA QUARTETの演奏は、私が普段聴き馴染んでいるイタリア四重奏団の演奏に比べると、アレグロの楽章がやや遅く、アダージョの楽章がやや速い、 全体としてテンポの振れが小さめな印象を受けました。第1楽章と第2楽章、第6楽章と第7楽章で大きく雰囲気が変わるのですが、その対比を鮮明に聴き取る事ができた、 充実した演奏でした。

April 16 2001

SAWA QUARTET ベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス第6回(大阪南森町 モーツァルト・サロン)

曲目
弦楽四重奏曲第5番
弦楽四重奏曲第10番
弦楽四重奏曲第13番
澤 和樹(vn) 大関 博明(vn) 市坪 俊彦(va) 林 俊昭(vc)

SAWA QUARTETの、ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏チクルスの第6回公演、1年間にわたったチクルスの最終回でした。

が、当日は客先での仕事が長引いて、中之島にある客先を出たのが夜8時、出先から会場までタクシー飛ばして、 会場についたら5番と10番の演奏が終わった後の休憩時間。 最低限でもこの曲を聴きたい、と思っていた13番だけは何とか聴く事ができました。

いつもながらの澤カルテットの安定したアンサンブルで聴く13番。昨年7月のチクルス第2回では、 終楽章に「大フーガ」を置いた版で13番を演奏されたのですが、今回は、軽快なアレグロ楽章による版での演奏でした。
印象に残ったのは第5楽章の「カヴァティーナ」。中間部、テンポの速くなるところで、まるで風が吹き抜けるような印象を受け、 「儚さ」を感じさせました。
アンコールの前に澤さんが、
「どうにか17曲を演奏しとおす事ができました」
と仰った、 その一言に澤さんの深い思い入れを感じました。
アンコール曲は、16番の第3楽章。ベートーヴェンの後期カルテットの中では、15番の第3楽章、 13番の「カヴァティーナ」と並んで気に入っている楽章で、チクルスの最後を締めくくられて、 個人的にはとても嬉しかったです。

ホームページへ